*2012.6.17発行/P20



 ある日、三成の上司で父親も同然な豊臣秀吉が彼を呼んで言いました。

「ちょう、こっちさ来てくれんかのう」
「何でしょうか、秀吉様」

 三成は秀吉の呼び出しに従い、素直に側に寄って行きました。

「んー、実はのう、吉継の具合がよくないんさ」
「病ですか?」

 そういえば、ここのところ秀吉の城で吉継を見かけません。互いに忙しい身の上、そうしたことも度々あったので同僚でもある吉継の不在を、三成は特に気にしていなかったのです。

「そうなんさ。まぁ篤いわけじゃあないようなんじゃが、ちと心配でのう。見に行ってやりたいんじゃが、わしも公務でそうそう抜けられん」
「むしろ抜けて貰っては困ります」 三成は極めて冷静に突っ込みます。秀吉はそれに苦笑すると、わしわしと髻の辺りを掻きました。

「それでじゃ。お前たち二人は親友で幼馴染みでもある。三成、わしの名代として吉継を見舞ってやっちゃあくれんか」
「構いませんが、己で言うのも何ですが私は気の利く方ではありません。病の吉継が私の見舞いを喜ぶかどうか……」

 戸惑ったように三成が言うのに、秀吉は破顔一笑しました。

「いやいや、お前が行くのが吉継は一番喜ぶんさ」
「はあ……それであれば構いませんが」

 吉継の己に対する恋心にまったく気付いていない三成は、よく分からないながらも了承しました。三成とて親友の身体は心配だったのです。


    ■ □ ■ 


吉継の屋敷は、城から少し離れた森の中にありました。三成が森に入りかけますと、侍の出立ちをした男が出て来ました。
 男はまるで野生の狼のような物騒な様子を醸していますが、三成を見るなり左の眉だけひょいと上げたかと思うと、「……へぇ」と小さく呟きにやにや笑いました。
 でも、三成は己も武将の端くれという自負がありましたし、当然腕にもそこそこ自信がありましたので、別段男を恐れる様子もありませんでした。

「ええと、石田三成さん、ですよね。こんにちは」
 
 と、男は言いました。

「……名乗りもせぬのに、詳しいことだ」
「そりゃあね。若い侍で、これだけ綺麗な顔立ちといったら、今評判の秀吉さんの懐刀、三成さんしかありえんでしょう」 秀吉の懐刀、と言われ、三成は少しだけ気を良くしました。
勿論、己で自負はしていますが、周囲は三成を小煩い文官風情としか認識していませんでした。ですから、そう言う風に言ってもらえるのが嬉しかったのです。
それで、怪しい男かと思っていたのが、そうでもないような気がしてきました。有り体にいうと、三成はこの狼のような男に少しばかり気を許してしまいました。
 それでも、三成は理性を総動員すると、ひとつ咳払いをし背の高い男をぐっと見上げて言いました。

「貴様の名を訊いておらぬ」
「ああ、これは失礼。俺は島左近といいます。今は牢人してまして何処にも仕えていないんですが、元は筒井にいました」
「筒井の右近左近、の左近殿か」「おや、ご存じで」
「うむ。山崎ではよく馳せ参じてくれた」

 左近は相変わらず三成の上から下までしげしげ眺めていましたが、顎を掻くとふと微笑みました。

「まぁ、俺は次の天下人は間違いなく秀吉殿だと踏んでましたからね。こう言っちゃあ何ですが、あの一戦で恩を売るのも悪くないと思ったまでです」
「随分と正直なのだな」
「まあね。それで筒井の家をおん出て来ちまったんです」

 三成は左近の物言いが面白く思え、話していることが然程嫌ではなくなっていました。けれど、無遠慮に上から下まで眺められる事には、辟易していました。

「それで、三成さん。こんなに早くから何方へ行かれるんです?」

 左近に質問され、三成は疑いなく素直に答えました。「同僚の友人が病を得てな。秀吉様のお言い付けで見舞いに行くところだ」
「その籠のようなものは、何ですか?」
「秀吉様からの見舞いの品だ。あまり大仰にされたくないと仰って、俺に言付けられたのだ」

 左近は首を傾げると、明後日の方を見る風にして考え込みます。

「こんな森の中に住んでるんですか、その方は?」
「そうだ。病の間だけ、森の中に造った小さな屋敷に移っているらしい。空気がいいらしのだが、俺も今日、秀吉様から聞かされたところなのだ」

 三成はそのまま左近に吉継の屋敷の場所を、事細かに説明してやりました。世間知らずに育った三成は、それがどんなに危険なことか、思い付きもしません。
 一方左近は、心の中で、『石田三成というのは、驚く程俺好みに若くて美しいね。おいしそうにそそるし、是非とも何とかして頂いちまおう。同僚で病といったら、大谷吉継のことか……こちらも綺麗で有名だが、邪魔は邪魔だな。さて、どうするかね』
 
などと考えていました。


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