Bloody Venus(ファンタジー)
□Bloody Venus 3
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1.覚醒
2020年――8月。
その日の気温は42度だった。
容赦なく照りつける太陽に、肌がじわじわと焙られている気がする。
「あちぃ……」
黒木暁人(くろき あきひと)は我慢できずに重い腰を上げた。もう限界だ。
ずっと中腰でいたため、鈍痛がする。
じっとりとかいた大量の汗で高校のジャージはビショビショだった。
つけていた革手袋を外し、首にかけているタオルで額を拭いた。
暁人は、月藍(げつらん)高校の二年生だ。今日は部活で近所の中央公園に来ている。
一体どんな部活なのかというと……。
「あっ、暁人…っ! その猫捕まえて! 猫、猫!!」
「おわ……っ!」
声に驚き振り返った暁人の視界に飛び込んできたのは、ちょっとぽっちゃりめの黒猫だった。
全速力でかけてきて、その勢いのまま暁人の顔面に体当たりをくらわせる。
「痛ってぇ……。――こら! 信雄(のぶお)っ……!」
「フギャ〜ッ!」
暁人は黒猫の首根っこをつまみ上げ、目の前であたふたとパニック状態に陥っている江野(えの)信雄に罵声を浴びせた。
「ごめんごめん! ごめんなさい〜ッ! わざとじゃないんだよ〜!」
暁人のドスの効いた怒鳴り声の剣幕に、信雄は暁人を拝み倒す勢いでひたすら平謝りだ。
信雄もこの部活のメンバーで、暁人とは同じクラスだ。
中肉中背で多少荒っぽいところのある暁人に比べ、信雄は小柄で背も低い。
そんな外見を裏切ることもなく、性格も気弱。
そうなると、おのずと力関係は決まってしまうのが学校というところ。
あしからず。
暁人はつまみ上げた黒猫の右の前足に巻きかけてある包帯に目を向けた。
「全く……。手当ての途中で逃げられてんじゃねぇよ。どんくらいアニクラで活動してんだ、おまえは。いい加減慣れろ」
そう、彼らが所属しているのは動物愛護救済部、通称アニマルクラブだ。
さらに縮めて、月藍高校の生徒たちは『アニクラ』と呼んでいる。
アニクラの活動内容は、主に捨てられた動物達の手当てなどだ。
公園には、様々な種類の動物がいっしょくたにされているため、大型の動物が小動物を傷つけ、ケガをさせたり殺してしまうことがよくあるのだ。
また、餌の問題もある。
アニクラのメンバーは、週3ペースで市内の公園をまわり、行き場のない動物達の面倒を見ているのだ。
「……にしても、顧問遅くねぇ?」
暁人がつぶやく。
「あの人最近猫アレルギーになっちゃったんだって」
「……。使えねー」
どうやら来年度は顧問変更のようである。
そんなやりとりをしながら二人は黒猫の手当てを終え、少し休憩することにした。
近くの自販機に行こうとして、途中カゴの中に一組革手袋が残っているのを見つけた。
この部では、動物がもし噛みついてきてもケガをしないように、学校から支給された革手袋をはめるのが規則だった。
革手袋は人数分しかない。そして、今日の欠席者もゼロ。
暁人は公園内を見渡し、手袋をせずに犬や猫と戯れている少女を発見した。