Memory of Night(BL)

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 ――夢を見た。志穂に初めて会った頃の夢を。


 医師に連れられ病室のドアを開けると、そこには白い布を被せられた父と母の姿があった。

 ほんの三十分程前に、両親が事故で亡くなったと連絡を受け、駆け付けたばかりだった。

 母は乗っていた席が悪かったらしく、即死だったのだという。

 父は病院に運ばれる途中の救急車の中で、息を引き取ったらしい。

 凍るような、冷んやりとした空気の中で。

 目の前の二つの死体を見ても、宵にはまだ信じられなかった。

 悪い大人の悪ふざけだと、ベッドに置いてあるのは布を被ったただの人形なのだと、思いたかった。

 医師が、二つの死体に近付き、そっと布を取った。

 その顔は、まぎれもなく父と母の顔――朝見た時とは違う、蒼白い、血の通っていない二人の死顔だった。


「……だ」


 声が、震えた。

 宵は、父と母の体を両手で必死に揺さぶりながら叫んでいた。


「やだー!! やだーッ!! 起きろよぉ……! 父さん……ッ母さん……ッ!!」

「宵くん……っ、やめなさい! 落ち着きなさい!!」


 医師が、宵の体を抱え上げ、二つの死体から引き剥がす。


「放せよ! 死んだなんて嘘だ……!! こんなの、ニセモノだーッ!!」


 泣き叫びながら死体を蹴りとばそうとする宵を、医師がなんとか押さえこむ。

 その時だった。

 病室のドアが開き、若い女性が息を切らしてとびこんできたのだ。

 その女性は死体に駆け寄り、父の姿を一目見るなり、その場にくずおれ両手で顔を覆った。

 そして、父の名前を呼んだ。何度も、声を震わせながら。


「大河さん……」


 医師は女性を知っているらしく、驚いたような顔をしていた。

 突然現れたその人物に、暴れることを忘れ呆然としていた宵を医師が床に下ろす。

 宵はおそるおそる、その女性に声をかけた。


「……誰?」


 その女性が、はっとしたように宵を見る。


「宵くん……? …わたしは、大河志穂」


 そう名乗った志穂の声は小さく、かすれていた。

 薄い色の大きな瞳。小柄で、痩せすぎなんじゃないかと思えるくらいに細い体。幼げに見える顔は、涙でぐっしょり濡れていた。

 それが、宵が志穂に会った初めてだった。


「大河さん、知り合いだったんですか?」


 困惑したように尋ねる医師に、志穂は頷いた。


「父さんと知り合いなの……?」


 宵が繰り返し、最後に友達?と聞くと、途端に志穂は激しく首を振った。


「違うの……ッ! ……わたしは、あなたのお父さんの……不倫相手だったのよ……ッ」


 言いながら、志穂は宵の体を抱きしめた。


「寝たの……。……子供もいるってわかってたのに……。ごめんね……――」


 『不倫』とか、『寝た』とか、その頃の宵にはよくわからなかったけれど、泣きながら謝る志穂の姿に、それがいけないことなのだということだけはわかった。

 宵にすがりついたまま、志穂はしばらく子供のように泣きじゃくっていた。

 痛いくらいに抱きしめられて、宵が戸惑ったように志穂を見る。

 でもその腕は温もりが伝わってくるように温かくて、振り払おうとは思わなかった。
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