■novel


□涙のクチヅケ
2ページ/15ページ

季節の変わり目。

白い息も目立たなくなり、朝、氷の張る回数も減ってきた。

暖かささえ感じ始め、新たな命も芽吹きだす。

そんな寒さも和らいできた3月のこと。


「ふー。」


斎藤は机の上に積まれている多量の書類に目を通していた。

いつから捨てていないのか、傍らにある灰皿からは、山盛りの吸い殻が雪崩を起こさんばかりにたまっている。


最近は書類の整理ばかりで、ろくに外へ出ていない。

本職は密偵だが、それも呼ばれなければ、ただの警部補・藤田吾郎として普通の警官をしているだけだ。



昼も近づき、そろそろ昼食でもとろうと立ち上がったとき。


「おっ、出掛けるのか?飯か?!」


部屋の片隅にあるソファーから体を起こし、そう話し掛けて来るのは


「だったら何だ、トリ頭。」


そう、トリ頭。
何故かそいつがここにいる。

いつも、フラフラッとやってきて、ここは俺の定位置だ。定位置なんだからいて当たり前だ。とでも言わんばかりの態度でソファーに寝っ転がり、特にすることがあるわけでもないのにそこで1日を過ごし、そしてまたフラフラッと居なくなったり、居続けたり…。


「俺も行く!」


目を輝かせて勢い良く立ち上がる。

一度言い出すと聞かないこいつを相手にするのは、時間の無駄。それは、今までの経験から嫌というほどわかっていた。


「言っておくが奢らんぞ。」


金もないくせについてくるこいつはバカだ。


「なんでぇ、ケチ。」


そう言いながらも、奢ってやる俺はもっとバカだ。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ