■novel
□涙のクチヅケ
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季節の変わり目。
白い息も目立たなくなり、朝、氷の張る回数も減ってきた。
暖かささえ感じ始め、新たな命も芽吹きだす。
そんな寒さも和らいできた3月のこと。
「ふー。」
斎藤は机の上に積まれている多量の書類に目を通していた。
いつから捨てていないのか、傍らにある灰皿からは、山盛りの吸い殻が雪崩を起こさんばかりにたまっている。
最近は書類の整理ばかりで、ろくに外へ出ていない。
本職は密偵だが、それも呼ばれなければ、ただの警部補・藤田吾郎として普通の警官をしているだけだ。
昼も近づき、そろそろ昼食でもとろうと立ち上がったとき。
「おっ、出掛けるのか?飯か?!」
部屋の片隅にあるソファーから体を起こし、そう話し掛けて来るのは
「だったら何だ、トリ頭。」
そう、トリ頭。
何故かそいつがここにいる。
いつも、フラフラッとやってきて、ここは俺の定位置だ。定位置なんだからいて当たり前だ。とでも言わんばかりの態度でソファーに寝っ転がり、特にすることがあるわけでもないのにそこで1日を過ごし、そしてまたフラフラッと居なくなったり、居続けたり…。
「俺も行く!」
目を輝かせて勢い良く立ち上がる。
一度言い出すと聞かないこいつを相手にするのは、時間の無駄。それは、今までの経験から嫌というほどわかっていた。
「言っておくが奢らんぞ。」
金もないくせについてくるこいつはバカだ。
「なんでぇ、ケチ。」
そう言いながらも、奢ってやる俺はもっとバカだ。