■novel


□夏色
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左之助は夏の夜風を切りながら、走っていた。

向かったのは、斎藤が仕事の為に家とは別に借りている別宅だった。

仕事がある日は、斎藤はいつもこの家で寝泊まりしている。


「斎藤!?」


斎藤から預かっていた合い鍵で戸を開け、中に入ってみても灯りは消えていて、人のいる気配がなかった。


「いねぇ…。」


部屋の隅に置いてある時計が月明かりでうっすらと見える。
時計の針は既に亥の刻を過ぎていた。


「まさか…。」


左之助は家を後にして、再び走りだした。

斎藤を探して走りまわっているとき、左之助の頭の中ではグルグルと渦を巻くように色々なことを考えていた。


『血相変えて走っていくから、何かあったのかと思えば…。』

そうだ、あの時斎藤は言ってた。

最初は俺が斎藤に気づかずにいたことを怒っているんだと思ってた。
けど、そうじゃない。
そうじゃなくて、…斎藤は俺を心配してくれてたんだ。

いつもなら、俺が斎藤の姿に気づかないはずがない。

声を掛けたなら、尚更だ。


斎藤からして見たら、俺はそれに気づかない。
おまけにフラフラな足取りだし、それなのに走ってるし…。

斎藤は、そんな俺の姿を見て…。


そりゃ、何かあったのかと思うよな…。
心配するよな…。

それなのに、俺はそんな斎藤に対して


『んなこといわれても気づかなかったんだからしょうがねぇだろが!暑さにやられて頭もろくに働いてねぇんだよ、てめぇがそう言ったんじゃねぇか!』


最悪…。
最低……。

俺って馬鹿。
本当馬鹿……。

誰だって怒るよ。
当然だよな。



ハァハァハァ…。

息をきらせながらやって来たのは【警視庁】と大きく書かれた門の前。

両手を膝の上につけて、呼吸を落ち着かせる。
ふと、顔を上げ、建物の方を見ると、1カ所だけ灯りのついている部屋があった。
いつも、斎藤が仕事をしている部屋だ。

左之助は、その部屋の扉の前までやってくると、胸の前で手をギュッと握って自分なりの気合いを入れる。

ふぅー、と深呼吸をして、目の前の重い扉を開いた。
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