■novel


□芽
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「なぁ、斎藤。」


不意に声をかけられ、口の中にあった蕎麦を飲み込む。


「何だ?」


再び、蕎麦を口に運んだ。


「最近思うんだけどヨォ、俺お前のこと好きかも。」


「ぶふっ!!」


口から蕎麦がでるところだった。


「汚ねぇなぁ。」


「お前がいきなり変なことを言うからだ。」


平然とした顔をしているそいつをやや呆れた顔でみる。


「変なこととか言うなよ、こっちはまじめに言ったのに。」


確かに、真面目な顔をしているそいつを見る限り、冗談ってわけでらはないようだ。


しかし…。


俺はしばしの沈黙を置いて、聞いてみる。


「それはどういう意味だ?」


そう、好きにも色んな意味がある。
まずはそれを聞いてからだ。


「どういうって…そのまんまの意味だけど。」


相も変わらず平然とした様子のそいつに頭を抱える。


「それはつまり、俺に好意を抱いている、ということか?」


「だから、そうだって言ってるだろ?」


何の迷いもなく、真っ直ぐな言葉を聞かされた。


今世紀最大の事件だ…。


今し方まで考えていたこいつとの関係を、一瞬にて告げられた気がした。

いや、しかしそれはこいつの意見だけであって、俺の考えは加えられていない。
おれはそういう意味でこいつといるわけじゃあない。


じゃあ、何で一緒にいるんだ?

何で、一緒に飯を食ってるんだ?


何で、阿呆に飯を奢ることに納得してるんだ?


そうだ、嫌なら力ずくで返せばよかったんじゃないのか?


なら、なぜ…。


ますます、意味がわからない。

「おい、聞いてんのかよ。」


何の反応も見せない俺にしびれを切らしたのか、今世紀最大の事件を引き起こした張本人が何か言ってる。


「お前は、なぜいつも俺のところに来るんだ?」


「は?」


「飯時になったら、いつも来るだろ?」


「あぁ…。」


蕎麦の汁をすすって、そいつは答える。


「前までは、ただ飯にありつけるからだったけど。最近は、ただ斎藤に会うための口実だったのかも。」


その言葉に絶望にも似た感情が溢れる。


ただ、なんとなく。

お互いに、ただなんとなく。
それでいいじゃないか。

答えを出さなくても…。


「斎藤は?」


内心、焦っていたのかもしれない。


「斎藤は、何で俺に飯奢ってくれんの?何で、一緒に飯食ってくれんの?」


他の奴のところへ、こいつが行ってしまうのを…。

「断ったら、お前がギャーギャー騒いで五月蝿いからだ。」


「ふーん。」


それが、俺の精一杯の言葉だった。

まだ、自分でも認めていない感情に気づくことを恐れた俺は。
必死に左之助を、自分自身を誤魔化す言葉を口にした。


否、自分は既に気づいているのかもしれない。


この、異常ともいえる感情を。
こいつに出会ってしまった、その時から。


ただ、それを認めたくなかった。


だから、その気持ちを振り切るかのように、こいつを猿芝居のターゲットに選び、抜刀斎に置き土産として残した。


必要以上の深手と共に…。


一度踏み入れると抜け出せないとわかっていたから。

相楽 左之助と言う男に。


「おい。」


「ん?」


凛としたその姿に俺は溺れてしまうのか…。


「次は酒に付き合え。」


「いいぜっ!」


否、無邪気に微笑むその姿に、溺れてしまったのだ。



end――――
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