短 想い 心U

□昔々のお伽噺
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 朝から深夜まで寝ていたのだから当然だ。

 「どうも浮かれているな」

 彼女の顔を頭に思い描くだけで胸が締め付けられる。彼女の事を考えるだけで頭がうめつくされる。
 この感情に一つだけ心当たりがあった。

 「俺が…………恋をするとはな」

 帰路につき、小屋についても考え事ばかりしていた。まず解決しなければならないのは彼女の疎外だ。
 原因は聞けず、何をしていいのか全く分からない。いや、分かってはいるが俺の思う方法はあまりに非人道過ぎる。

 「恋や何だと浮かれている場合ではないな……これは」

 このままでは終わりのない思考に陥る。
 俺はもう眠る事にした。
 とは言っても、昼間に長時間寝てたせいで全く眠気がない。強引に目を瞑っていると、扉が勢いよく叩かれた。

 「!?……誰だ!」
 「私です!白姫です!」
 「白姫?いったいどうしたのだ。先程別れたばかり…」

 俺の言葉は酷く焦燥した彼女の言葉に遮られた。

 「お婆ちゃんが!私、どうしたらいいか……助けて下さい!」
 「……解った。そこに連れて行け。詳しい説明は道中でだ」

 白姫は俺の手を掴んで走り出した。彼女の手は想像以上に儚く感じた。
 焦りと悲しみで支離滅裂となった彼女の話を纏めるとこうだ。
 俺と別れ、家に帰ると育て親の婆さんが倒れていた。
 呼びかけても返事がなく、布団に寝かせて思いつく限りの処方をしたが全く目を覚まさないという。

 「私には知り合いと呼べる者さえいません。頼れるのは紅葉様だけなのです」

 その彼女の言葉が頭に酷く焼き付いた。嬉しく思うと同時にやりきれない程悲しくもある。

 「ここが私の家です!」

 白姫の声でふと我に帰る。目の前には木々に隠されるように立っている一軒の小屋があった。

 「邪魔をする」

 中に入ると、部屋の中心に布団がしかれ、その上に以前初めて村に来た時に俺に話しかけていたあの怪しい婆さんが横になっていた。

 「婆さんだったのか。道理で」
 「……ほほほ、防人様じゃないかぇ。こんなボロ屋に……何の用じゃね……」
 「お婆ちゃん!目が覚めたの!」
 「少ぉし……目が霞むがの。……白姫や、少し……外しとれ」

 白姫は何か反対したそうに口を開きかけたが、思いつめたような顔で小屋の外へ出ていった。

 「……防人様」
 「何だ」
 「あたしゃ、もう長くないわい。……そこで、あんたに……頼みがある」

 婆さんは深く息を吐いてから強い眼差しで言った。

 「白姫をよろしく頼む。あやつは可哀想な娘じゃ。父が異国の民というだけで皆から疎外され、世界を何も知らないまま生きとる。あんたが、あの子に世界を教えとくれ」
 「異国の民だと!?領主様より聞いた事があるが、尾張の領主に新たな武器を伝えたと言われるあれか?」
 「……そうじゃ。あやつらの仲間に、白姫の母は孕まされた」

 俺は無意識に生唾を飲んでいた。

 「待て!異国の民が来たのは最近になってだろう。彼女が生まれたのと時期が合わんぞ!」
 婆さんは最後の力を振り絞り俺に全てを語った。
 途切れ途切れの言葉だったが、その一つ一つが頭を殴られたような衝撃的なものだった。

 異国の民は十数年前にもこの国に来ていた。その時には宗教なる物を伝えてきたそうだが、結果は失敗に終わる。
 言語も分からぬ怪しい輩の話を誰も聞かなかったからだ。しかし、その宗教者の一人が白姫の母と会い、二人は言葉は通じぬが恋に落ちた。
 結果、白姫は生まれる事になるがそれは父親は異国に帰った後で、母は白姫を一人で育てたそうだ。

 「……そうか」

 俺はこの話にそれだけしか応えられなかった。

 「……白姫の母は……その異国の民が広めようとした宗教を村人にも伝え、その宗教にそって生きた。……だからじゃよ。あの子らが村人から虐げられたのはの……」

 この国には仏教がある。皆もこの仏教にそって生きてきた。
 その中で信じる物が違うという事は周りからは奇異の目で見られて当然だ。

 「何故婆さんはこんなにも彼女の境遇に詳しい?」
 「そりゃ……異国の民と恋に落ちたのは……儂の娘だからの」
 「彼女は……白姫は全てを知っているのか?」

 俺は声を詰まらせそうになりながら問い掛けた。

 「いんや……何にも知らんよ。儂が本当の祖母だと知っても悲しみが増えるだけじゃ。……この通り、死にかけの婆ぁだからのぉ」

 俺は何も言わなかった。
 ただ一言、この悲しく弱々しい笑みを浮かべる老婆にかけるべき言葉が自然と喉まで出ているが、その言葉を言うにはまだ俺の覚悟が足りない。

 「……白姫。入っておいで」

 婆さんの言葉を合図に、不安で泣きそうな顔をした白姫が家の扉を開けた。

 「……防人様、白姫と二人で話をさしとくれ」
 「あぁ」

 俺は立ち上がり静かに家を出た。
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