短 想い 心U

□昔々のお伽噺
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 分からないが、何かしたい。
 このまま黙って帰れる程、俺は役人に染まってない。

 「俺が貴女を護ります」

 俺の言葉を聞いて困惑している彼女を置き、また明日来ますと告げて山を下った。
 俺は彼女を護ると決めた。ならば早急に行動に移そうと思ったからだ。
 まず気になるのは彼女の話だ。最初は村人にも親切にされていたのに、ある日を境に手の平を返されたような冷遇を受けたらしい。

 「何かがあった……としか思えないな」

 明日の朝一番にまた村長の家に行き、話を伺うとするか。何が少女を鬼の娘に変えたのか。
 理由さえ分かれば彼女をまた、この村で普通に生活させられるようになるかもしれない。

 俺は念の為丁寧に刀に油を塗りながら日の出を待った。
 そして、早朝を告げる鶏の鳴き声を聞くと同時に家を出た。村長は鶏に餌をやる為に、家から出てきたところだった。
 今更だが早起きな村長で助かる。

 「これは防人様。今日はまた一段と早いですな」
 「度々早朝にすまない。今日も聞きたい事があって参らせて貰った。彼女が鬼と呼ばれるようになった原因はなんだ?」

 村長はいつもの愛想笑いでなく無表情で応えた。

 「防人様の仕事は鬼の討伐の筈ですが、何故そのような事をお聞きになるので?」
 「俺の受けた命令は鬼の退治だ。鬼という妄言を退け、彼女の生活を幸せに治す事。それが俺の仕事だ」

 俺は一人で山の中を歩いていた。結局村長には俺の言葉に耳を貸して貰えなかったからだ。
 一瞬だがこの刀で彼女を虐げる者達を斬ったら、全てが片付くのではないかという卑怯な考えも浮かんだが、そんな事をして彼女が幸せになれる筈がない。

 「…………いないか」

 今夜も山のあの場所を訪れたが、彼女の姿はなかった。俺はその場に座り込み思考にふける事にした。
 彼女の事、鬼の事、村の事。考える事は尽きない程ある。

 「防人様?」
 「……ん、ああ。貴女ですか。どうやら俺は少し眠ってしまったようだな。そういえばこの二日間まともに寝ていなかったか」

 彼女は心配そうに私を見つめている。

 「大丈夫ですか?」
 「すいません。貴女を幸せな生活に戻すのは予想より難しい。まだ何も進展がありません」

 彼女の表情は心配から、悲しげな怒りへと移った。

 「私が心配しているのは貴方の事です!出会ったばかりで名も知らぬ私の為に何故そこまでするのです」

 睨み付けられる。

 「それに、私は今の生活に十分満足していると言ったではありませんか。私が普通の娘よりも不幸だと勝手に決めないでください!」

 彼女は静かに感情を漏れだすように叫んだ。実際には叫んでないのだが、俺には何か断末魔のように聞こえた。

 「……そうだな…」

 自然と顔に笑みが浮かぶ。やっと彼女が感情の一部を見せてくれた事が無性に嬉しかった。

 「…まだ、名前を聞いていなかったな」
 「え?」

 彼女は一変して、狐に摘ままれたような顔を浮かべる。

 「良ければ教えて貰えないだろうか」
 「……防人様は人の話を聞かない方ですね」
 「ちゃんと聞いているさ。名前も知らないに人の事情に口を出すのは確かに失礼だ。だから、教えてくれ」

 言葉を発しながら、自分がいつもより冷静でない事は解っていたが止まらなかった。

 「…………しらき。白姫です。髪の色がどうであろうと、大切な姫という意味で白姫といいます」

 白姫か……と心の中で呟く。

 「美しい名だ」
 「強引な防人様。私にも貴方の名を教えて下さい。私の名だけ知られているのは不公平です」
 「ん?ああ、そうか。俺も名乗るのが礼儀だな。俺の名は紅葉。秋に咲き、散る紅葉でクレハと読む」

 俺はあまりこの名前が好きではない。名付けてくれた両親には感謝しているが、よく女っぽいと馬鹿にされるからだ。
 だからだろうか?

 「紅葉様……素敵な名前ですね」

 この彼女の何気ない言葉に心臓が大きく高鳴ったのは。

 「…防人様ともあろう方がそんなに気の抜けた表情を浮かべないで下さい。まるで少年のようですよ」

 白姫は咎める口調だが、困ったような笑みを浮かべていた。

 「嬉しいから笑うのは仕方がないだろう?」

 俺は恥ずかしげもなく彼女に微笑みかける。白姫のほうが恥ずかしそうに目を背けた。
 彼女の今までの生活を聞く限り、男と話す事すら少なかったからだろう。

 「ほ、本日はもうお帰り下さい。もうじき日が登ってしまいます」
 「もうそんな時間なのか。どうやらかなりの時間寝ていたようだな。ではまた明日来る。俺は町外れにある小屋に住まわせて貰っている。何かあればいつでも頼ってくれ」

 そう言って立ち上がり、村へと続く道を歩いた。白姫は俺の姿が、森の向こうに消えるまで俺の後ろ姿を見つめていた。
 無論、前を向き歩いていたので彼女が何を思って俺を見ていたかは分からない。
 小屋につき、横になるが眠気は全く訪れなかった。
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