短 想い 心U
□昔々のお伽噺
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お婆ちゃんと私の関係はまだ村人に知られていないし、知られる訳にはいかない。もし知られればお婆ちゃんが村人から殺されてしまうから。
そんなある日、お婆ちゃんが少し心配する顔で私に話しかけた。お婆ちゃんは豪快な人だからこんな表情は珍しい。
「のぅ白姫や。今朝方、防人の男が来とったぞい。村の誰かがお上に鬼に話でもしたんだろうて。おみゃーさんの散歩を止めるつもりゃないけど、気ぃつけるんじゃよ」
「大丈夫です。これでも私、逃げ足だけは早いですから。それにこの山の事は誰よりも知ってる。防人様に見つかっても逃げられます」
不安そうなお婆ちゃんに笑顔でそう答える。
「じゃあ行ってきます」
いつもより元気に告げて家を出た。
外に出てから今日は満月だという事に気付いた。
「紅葉に満月かぁ。綺麗だなぁ。ふふ、何か良い事がありそう」
都の貴族達はこういうのを見て詩を訓むらしいけど、風景を文字にしてしまうのは勿体無いと思う。風景のよさは見た人だけが味わえる特権だから。
そんなどうでもいい事を考えながら、いつものように山を歩いて行った。
「待て!!」
「っ!」
いつもの散歩道を歩き、少し開けた場所に出た瞬間、後ろから急に声をかけられた。
全く人の気配なんてしなかったのに。驚いて咄嗟に悲鳴を上げそうになってしまった。
「な……に……?」
腰に挿した刀や着物、身のこなしからしてこの男がお婆ちゃんの言っていた防人に違いない。
防人は私の姿を見て驚いているようだった。
「っ!」
この機会に私は全力で逃げた。生まれてきた中で一番速く走れた気がする。
防人は、私を追いかけては来なかった。
「白姫!大丈夫かえ?」
「うん…追っては来なかった」
何とか無事に家に帰る事ができた。お婆ちゃんにはもう疲れたと言って今日はもう布団に入る事にした。
布団の中であの防人の事を考えてみる。あの人からは悪意のようなものは感じられなかった。
それが不思議だった。防人とは領主様の命令で各地を回って盗賊や野党、獣等から近隣の村を守る者だ。
当然戦う事も多い。人を殺した事も少なくない筈。
でも、彼からは何も怖い物は感じなかった。
翌日、お婆ちゃんに止められたけど私はまた夜の散歩に出かけた。いつもなら危険な事はしないのに。
何故今回だけこんな事をしたのか自分でも分からない。
昨日と同じ開けた場所に入る時、思い切って声をかけてみた。
人の気配なんて全くしないから、ただの独り言のつもりで…でも、何故か返事がある予感がしていた。
「防人様。いるのですか?」
「……良く解ったな」
本当に返事があった事に驚きよりも喜びの感情が出た。
「質問をしたい。君が……鬼か?…村で噂の」
「そうです。確かに私は鬼と呼ばれております。私が鬼ならば、どうなさるのです?」
防人様は腰にあった大振りな刀を抜いて、私に切っ先を合わせた。
「悪いが斬らせてもらう!」
私には目で追えないような動きで、刀が自分に向かってくる。でも、不思議と恐怖はなかった。
「………何故、避けない」
刀は私の右肩に触れる程の位置で止まっていた。
「悪意が感じられませんでした」
「悪意だと?」
「はい。私は昔から数多くの悪意を受けてきました。だから、人の負の感情には人一倍敏感なのです」
防人様は私の言葉が終わると同時に刀を鞘にしまい、私の目を真っ直ぐに見つめた。私の蒼い瞳と目を合わせて、負の感情を浮かべなかったのは三人目だ。
「俺には貴女が何故鬼等と呼ばれているのか解らん。宜しければ、話を聞かせ願いたい」
私は一つ頷いて、今までの事を全て語った。
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俺は彼女の話を聞いて愕然とした。まだ二十年も生きていない少女の過去としてはあまりに酷すぎる。
「これで、私の話は全部終わりました」
「…………すまない」
「え?」
「貴女を鬼などと呼んですまなかった。しかし、いや、ちっ、かけるべき言葉が見つからない。貴女は同情等は求めてないだろう。よそ者の俺が下手に慰めても貴女の心には届かない。くっ、いたたまれない!」
俺は悔しさか怒りか、自分でも分からない感情で拳を握りしめた。
「あの、防人様……気になさらないで下さい。私は現在、幸せに暮らしております。ですから過去の辛さはもう忘れました」
彼女のこの言葉は俺の心を槍で突いたように痛めた。
人を守る為に防人になったのに、こんな年端もいかない少女の普通の生活すらも俺は守れないのか。
俺は盗賊に両親を殺された。自分の無力さを呪った。
だから、弱き者が幸せに生きられるように、守れるように、強くなろうとした。
しかし現状はどうだ?
俺は彼女の今にも泣きそうな笑顔に対して何もできない。どうすれば彼女が笑顔を取り戻せるかも分からない。
「俺が……」