短 想い 心U

□昔々のお伽噺
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 長い山道を歩き、そのまま村の観察を行った体は自分の想像以上に疲れていたようだ。

 「…………日は落ちたか」

 目が覚めた時には辺りは一面の闇になっていた。荷物から灯籠を取り出し火を付け、刀を腰にさし、鬼が出る山まで向かった。
 歩きながら家々の様子を見るが、大半の者は寝静まっているようだ。明かりが落ちている。

 「静かな夜だな。それに月も綺麗だ」

 何という偶然か、今宵は満月だったようだ。
 世間に出回っている怪談も満月という状況が多い。鬼や妖怪と出逢うのには丁度良いというものだ。

 「ふむ、此処が鬼の出る山だな。険しくはない……これならば楽に終わらせられるか」

 俺は山の中へ歩を進めた。
 月明かりがある為灯籠がなくても歩ける。念の為に火は消さないでおくが、森全体が照らされているのはありがたい。

 「いかんな。気が抜けている」

 予想以上に探索が楽という事もあるが、俺の心に鬼の話は嘘だろうという気持ちがあるのが原因だろう。
 周囲の警戒や、自分の気配を消す事も中途半端になっていた。気を引き直し、注意を払って探索を再開する。
 その瞬間、何かが動いた気配がした。
 鬼か獣か。何にしても人間ほどの大きさの物がいる。

 「ちっ!」

 咄嗟に木の裏に身を隠し様子を伺う。幸い向こうは俺に気付いていないようだ。
 安堵の息を吐くのを堪え、奴の動きを見つめる。奴は木々の開けた場所へと進んでいるようだ。
 開けた場所に出た時が勝負の時だ。奴が獣であるなら木々のない所では刀を持つ俺の方が有利だ。
 奴が鬼であるなら戦うなり木々をぬって逃げるなりできる。奴の姿が木の向こうへ消えた。
 今だ!

 「待て!!」

 俺は木の裏から飛び出し、一息に開けた場まで駆け寄った。

 「っ!」
 「な……に……?」

 奴の姿を見た時、俺は雷に打たれたような衝撃を受けた。
 月明かりに光る蒼い両の目。夜風になびく銀色の長い髪。普通の人と比べれば長い手足。白くきめ細かな肌。
 その姿は、今まで見た事もない程美しい…娘だった。

 「っ!」

 娘は俺の姿を見るなり一目散に走り去っていく。
 俺はあまりの衝撃に、呼び止める事も追いかける事もできないままその姿を見送った。

 「何だったのだ。今のは」

 言葉を出せたのは彼女が走り去ってから暫くした後だった。俺はこれ以上鬼を探す気にもなれず山を下る事にした。
 村長に借り受けた小屋に戻ってからも、目が冴えて寝付けなかった。
 目を閉じれば彼女の姿が浮かんでくる。あの娘の様な髪も瞳も、今まで見た事も聞いた事さえなかった。
 美しいという言葉では言い表せないほど可憐だ。明日、日が登ったら村長に彼女の事を聞いてみようと固く誓い、無理矢理にも目を閉じた。

 「何だ。もう朝か」

 結局一睡もできなかったが、俺は村長の家へと向かった。寝ていないというのに興奮した為か体と頭はいつも以上に冴えている。
 村長は自宅の前で鶏に餌をまいていた。

 「おやおや、防人様ではございませんか。随分と早い時間に参られましたな。ささ、中へおあがり下さい」
 「いや、ここで結構だ。一つ尋ねたい事がある。この村に蒼い瞳の娘はいるか?」

 俺の言葉を聞いた村長は、他人を不快にさせる表情をしながら信じられない言葉を言った。

 「防人様、そやつが鬼でございます」
 「あのような娘が鬼だと?あの娘が人を食らい、畑を荒らし、家を壊す化け物だと言うのか。馬鹿を申すな!」
 「真にございます。あやつのせいで昨年は不作になり、一昨年は山の土砂が崩れ落ちてきました。鶏が食い殺された事もあります」

 一瞬、脳が活動を停止しかけた。だが、すぐに活動を開始した脳が、その言葉に合わせて口を開いた。

 「昨年の不作は都でも起こった。一昨年は梅雨が長かったので地盤が緩んでいただけだろう。それにこのような山に囲われた村だ。山に住む獣が鶏を食いに来る事もある」
 「いいえ、みな鬼のせいでございます」

 事件や災害が起こるとそれを人でない物のせいにする。この民の考えは自分達の怒りの矛先を彼女一点に絞った。
 互いに八つ当たりをしない為の必然というのは分かっているのだが、何とも胸糞悪いな。
━━━━━
 私がこの村に来たのはまだ記憶もないほど昔の事。気が付いたら母様と二人で暮らしていた。
 近所の人達は自分達に親切にしてくれていたけど、その両目に浮かんでいるのは奇異や畏怖の感情だと気付いたのは十歳の時だった。
 理由はすぐ解った。私に父様がいないのと、私の瞳と髪の色が皆と全然違ったから。
 母様は「あなたの澄み渡る空の様に蒼い瞳と咲き誇る幻の様な白金色の髪が羨ましいのですよ」と言っていたけど、何で私だけこんな色なのかは教えてくれなかった。
 多分父様が原因何だろうと、子供ながらに考えた。後から聞いた話だけど私のこの考えは、強ち間違っていなかったようだ。
 幼子の時は同年の子供達は珍しがられただけだった。
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