短 想い 心U

□昔々のお伽噺
3ページ/11ページ

 俺は一人、地図を片手に呟いた。

 「ここが件の鬼の出る村か。外から見る限りに異変はないな」
 「お前さん、ここいらじゃ見ねぇ顔だな。旅の者か?」

 刀を腰に下げて大荷物を携えた俺の姿を見て訝しんだのか、近くで畑仕事をしていた初老の男が話しかけてきた。

 「俺は防人だ。領主より命を受けて鬼の討伐に来た」
 「防人様でございやしたか。こりゃ失礼しやした。お詫びといっちゃなんですが、村長の家まで案内しやしょう」
 「結構だ。村の様子を観察するついでに自分の足で探す。邪魔をした。農作業に精を出し、はげんでくれ」
 「へい。わかりやした」

 初老の男はへこへこと笑って畑仕事に戻って行った。
 弱い者が強い者に媚びを売るのは都でも辺境の村でも変わらないものだな。
 内心毒づきながら、俺は村に入って回りを見渡す。だがこの村は近隣の村々と何ら変わりなく平和なものだった。
 ここに鬼が出るというのが信じられない。

 「おみゃーさん、防人さんかいなぁ?」

 村に入ってすぐに杖を突き、腰の曲がった老婆が声をかけてきた。
 その見た目は米寿をとうに越えていそうだ。

 「何故分かった」

 眼を細めて老婆に問えば、軽快に笑って答えた。

 「ほほほ、夜盗や山賊にしちゃあ衣服が上等すぎじゃわい。それにその刀、防人に渡されるモンじゃろ。領主の紋が入っとるぞい」
 「目が良い婆さんだ」
 「それで、俺に何か用か?」
 「おみゃーさん、鬼を退治しに来たんかえ?」
 「いかにもそうだ。婆さんも鬼の事を知っていたら情報を貰いたい」

 老婆が一瞬悲しそうな顔をした気がしたが、シワだらけの顔からは詳しい感情を読み取れない。

 「ほほほ、こんな年寄りの与太話なんかよりそこいらの若者の話の方が何倍もためになりますわい」

 老婆はそう言って立ち去っていった。怪しい婆さんだが悪意は感じられなかった。
 辺境の老人には変わり者が多いというが、その噂は本当らしい。

 「ふぅ、行くか」

 村を軽く一回りして状況を確認した。途中で村長の家も見つけたが、先に客観的に村を見ておきたかったからだ。
 その結果は平和そのもの。鬼の話は嘘だったと言われた方が納得できる程だ。

 「御免。俺は領主様より命を受けて参った防人だ。鬼についての話をお聞かせ願う」
 「おぉ、よくいらっしゃいましたな。儂が村長を任されとる者です。さぁさぁ中へお入り下せぇ」

 少々肥満気味の村長の後に従い座敷へ上がった。
 村長の家宅とはいえ辺境の土地には変わりなく、広さも豪華さもいまひとつだ。

 「座って早々ですまないが、単刀直入に申し上げる。俺にはどうもこの村に鬼が出るとは信じられん。文献や弾き語りでしか知らんが、鬼が出る地方というのは畑が荒され、女が拐われ、子供や家畜が食われるらしい。しかしこの村は平和そのものだ。真に鬼は出るのか?」

 出された粗茶に手も出さず一息に捲し立てた。
 嘘の情報で領主を動かすのは大罪であり、事と場合によってはこの村長を打ち首にしなければならない。
 俺としても人を殺すのは遠慮したい。だから、早急に鬼の真偽を知りたかったのだ。

 「勿論でございます!今夜にでも向かって右の山に入って下さいませ。鬼が出ますぞ」
 「ほう。鬼はどのような容姿なのだ」

 あまりの必死さに、俺は興味を向けてみる。

 「ありゃあ恐ろしいですぞ。闇の中で両の目が輝き、手足が長く、老人のような白い髪をしております。何度も村の若い衆で討ち取ろうとしてますが、石でもぶつけようものならすぐに逃げてしまうのです」

 輝く目に長い手足。まるで獣だ。
 そのような正体の分からない物には近づかず石を投げるというのは賢い判断だが…。
 その後に鬼が逃げるとはどういう事だ。獣であれば自身に危害があれば襲い掛かりそうなものだが。
 考えても仕方がない。村長の言う通り今晩山に入ってみるか。

 「では、今晩に備えて用意をするので小屋を貸していただきたい。雨風を凌げて刀を研ぐ広さがあれば馬小屋でも構わない」
 「防人様に馬小屋なんてとんでもございません!立派ではありませんが、村の外れに空き家がありますんで、そこを使って下さいませ」
 「手厚い待遇、感謝する」

 俺は一礼をした後、村長の家を出て空き家へと向かった。
 出されたお茶を一口も飲んでいなかった事に気付いたが、明日にはもう都へ帰る事になるだろうから別に構わないか。
 外れの空き家というのはすぐに見つかった。外見は壊れそうだが内部は案外片付いている。
 いや、空き家と言うには片付きすぎだ。

 「誰かが掃除しているな」

 まぁいい。誰が掃除していようとも、俺が過ごすのが楽になるだけで害は全くない。
 俺は荷物を置き少し横になる事にした。
 出かけるのは深夜になるから、今の内に睡眠をとっておかねばいざという時に動けないからだ。
 眠りはすぐに訪れた。俺は深く、深く眠ったようだ。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ