頂き物

□文月様からの頂き物☆
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期待は、しないけど。








泡立ちの悪い粉石けんは色もあまりよろしくない。灰色の泡を嫌そうに眺めながらガシガシとビーカーを洗う。
面倒だ。たまたま今日の日付と出席番号が同じだというだけで全員分の実験器具を洗う破目になるなんて、自分の親を恨むしかない。
じゃあ頼むなぁなんて、気楽に言う友人の言葉も折角起こしたやる気を萎えさせる。いや、あいつらの場合わざとか。
殆どのビーカーを洗い終え、試験管に手を伸ばす。これもまたクラス全員分となると結構数が多い。
実験なんて、個々でやっても結果はマチマチで、結局は教師が用意してた成功例で授業するんだからやる意味ないと思うのだが、やらせないと気がすまないのか毎回毎回きっちり試薬を用意するあのジジイには呆れる。無駄だと思うんだがな。


忙しなく手を動かしながら、残りの試験管の数を確かめた。
だいぶ洗ったと思っていたが、まだ残っている。げんなりしつつも手は止めない。
面倒だとばっくれるのは簡単だ。むしろ普段ならそうする。俺が真面目に洗い出したのを見て友人達は驚いていた。明日は雪かもとほざく奴等に蹴りぐらいで済ませてやった俺は優しい。
(本当に優しい人間はツッコミを蹴りでしないという奴等の悲鳴は無視だ。)
今回真面目にやっているのも、俺が心優しい人間だからだ。




……と言うより、本当は下心とでも言おうか。




「誰にも迷惑かけてないんだからいいだろ…」
誰に向かってか、言い訳がましい呟きを零しながら、蛇口を強く捻った。














最後の一つを濯ぎ終え、カゴに伏せるように置く。
たまに洗っている途中で器具が割れることがあるが、今日は大丈夫だったようだ。息を吐きながら、大きく伸びをする。ずっと曲げていた腰が痛かった。中腰での作業は重労働だ。ぼやき、腰を擦りながら隣の実習室に戻る。
「おーい、織田ー。こっち終わ…」
中にいるであろう人物に声を掛けながら踏み込んで、思わず口を閉じた。

俺と同じく、出席番号の所為で後片付けを言いつけられた織田が、自分の腕を枕にするようにして眠っていた。

片足を実習室に踏み入れたまま立ち尽くしていた俺は、我に返るとそっと、出来るだけ音を出さないように実習室の扉を閉めた。
重くて、偶にやたら閉めづらくなる気分屋の扉も、今ばかりは空気を読んだのか普段よりも素直に動いてくれた。
足音も立てず、近くの椅子を引き寄せて、俺は眠る織田の向かいを陣取った。
俺が多くて重い洗い物をしている間に、織田は実習室の掃除と報告書の記入をする担当だった。どうやら報告書の記入途中で眠ってしまったらしい。報告書に書かれていた文字は途中で整ったそれから歪んだ線になって終わっていた。
「珍しい…」
珍しいなんて言葉でも足りない。有り得ないくらいだ。
いつも真っ直ぐに見詰めてくる大きめの瞳は、長い睫毛に縁取られた瞼の下。
目を閉じているだけだというのに、普段の大人びた表情は消え、あどけなさの残る少女の寝顔が傾いた日の光に照らされている。


なんとなく、起こすのが躊躇われて、眠る彼女の小さな手から転がったシャープペンシルを指先でくるくる回していた。
あてが外れたなと小さく零す呟く声が自分でも呆れるほど気落ちしていて笑えた。
彼女にいい所を見せたくて、腰が痛くなる程に慣れない片付けを頑張ったというのに。

(……けれど、まぁ)



視線の先の寝顔は穏やかで、美しく。



「いいもの見れたって納得しておくところかな、ここは」
そう言い聞かせて、痛いほど疼く心臓を宥める。全く、心臓に悪いったら。
「無防備にもほどがあるぞ」
男は狼だと、歌われるくらいだというのに。

徐に、彼女の方へそっと顔を寄せた。





甘いあまい、花の香りがした、なんて思う俺の脳はきっと多分どこかイってるんだ。

















俺と君との間を隔てる壁はどれだけ高いのか。
飛び越えていけるくらいだと自信を持てるほど、俺は夢見がちじゃない。
一日に交わす会話なんて片手で足りる。0だって、稀じゃない。
望みなんてきっと、薄い。

だからって、諦めることなんて。






「落ち込むのが目に見えてるから、都合のいい夢なんて見る気はないけど」
据え膳喰わぬは何とやら。でも生憎と、それを平然とやってのけるにはまだまだ精進の足りない俺の心臓は騒ぎ立てるばかり。
緊張に震える唇で触れるそれは、キスと呼ぶにはあまりにも臆病な。




「お前のこと、他の誰かに渡してやる気なんかないからな―――――瑞貴」





胸に溢れる熱をそのままに囁いた言葉。

目を閉じたままの彼女の頬が、夕日のせいじゃなく赤く染まって見えたのは、気のせいじゃない。







(彼女が起きたのが、この喧しい心臓の音の所為だったら、どうしよう!!)





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