僕だけの月
□僕の愛しいソクラテス
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がちがちになって告白した僕に、僕の愛しいソクラテスは淡々と答えた。
「私、知識はなくてもいいから知恵のある恋人が欲しいの。あなたは私の突飛な質問にも満足するような答えをくれる?」
…すごく困ったけど「頑張ります」って答えたら、可愛いソクラテスはちょっとだけ笑って「よろしく」って言った。
「…ねぇ」
「うん?」
「ヒトってイルカになれないの?」
「…へ?」
僕はパンをくわえた間抜けな表情に似つかわしい間抜けな声を出してしまった。
僕のソクラテスはじっと僕を見つめている。
「えっと、どういうこと?」
「私、ふたつ下の弟がいるんだけど、小さい頃に弟が言った大きくなったらイルカになりたいって言葉、否定したの」
「それ、将来の夢として?」
「うん。弟が三歳くらいの時だったかな」
僕はパン(焼きそばパン130円也)を紙皿の上に置いて首を傾げた。
「弟さんが三歳ってことは五歳」
「そうね」
「五歳でヒトはイルカになれないって分別つけてたの?」
「違う。弟はその時泳げなくて。泳げないとイルカになれないんだよって教えたみたい」
…凄い理屈だな。
「でも今回進路希望で第一希望でまりもって書いた子がいるって聞いて」
ああ、釣られて水って書いたのは僕の悪友ですが。
「それでヒトは本当にヒト以外にはなれないのか知りたくなったの」
「成程…」
「だとしたらヒトが自分に望むことって悲しいくらい細やかじゃない?」
「叶えられる程度を決めてその枠内でしか望まないってこと?」
「そう」
本当に僕の愛しいソクラテスはややこしい難題をつきつけてくる。
常識で考えれば当たり前だけれど。
ヒトがヒト以外に変われるはずがない。
でも。
「そりゃヒトはヒト以外にはなれないよ」
僕のソクラテスの顔にはっきりと失望が広がる。
それはちょっと胸が痛んだけど、僕は敢えてそこは無視して話を続けた。
「だってヒトであるからそんな空想夢想妄想その他ありとあらゆるドリーマーな閲覧不可事項も考えられるって言うか」
分かんなくなってきたけど、と僕はちょっと声をひそめた。
「弟君に関してはイルカにはなれないね」
「何故?」
「だってイルカはヒトの弟じゃない。イルカになったら君の弟じゃないよ」
哲学を力技でねじ伏せたら。
僕の愛しいソクラテスは思い切り吹き出して「だから君は好きなの」と嬉しい言葉をくれた。